アポカリプス版現実神話
「鶴喰くんって、ジャンプSQにしか読まないってほんと?」
流石にそれのみだけではない、と鶴喰鴎は否定もしくは訂正をしたかったが、彼はうまく声が出せなかった。彼女と自分はそれなりに付き合いのある友人で、自分が人と目が合うとキョドってしまう特性があることも重々承知している子だった。だから鶴喰が先程の彼女の言葉に対して何も返せなくても、彼女は特に気にすることなく話を続けていた。
「いや別に特定の作品しか愛好していたって構わないよ。人には人の思想があるから。わたしだってこの間、同じ映画を一日に三回見たから、それとおんなじ」
「いや、私はそこまでじゃ……」
「あ、ほんと?」
そう言うと彼女は、先程まで寝転がっていた保健室のベッドから勢いよく飛び起きた。鶴喰はベッドの横に椅子を置いて座っていたのだが、そこからでも彼女の下着が見えそうになったので、マナーの観点からそれとなく視線を逸らしておいた。
「じゃあ漫画貸してもいい?」
「借りてもいい、じゃなくて?」
「うん、わたしの私物を鶴喰くんに貸したい」
want toだねー、と彼女は言うが、彼女のこの間の英語のテストの点数が五点だったことを鶴喰は知っている。「保健室登校だから」とあっけらかんと言い切った彼女に、鶴喰は苦笑いしかできなかったことをよく覚えている。それは自分が人見知りということはあまり関係なく、ただ何を言うのが人間として正解かわからなかったというのが理由だ。
「何を私に貸してくれるの?」
「ん、えっと、これ」
と彼女はベッドの横に置かれているスクールバッグから単行本を六冊取り出した。
「これ」
彼女はもう一度言った。六冊の表紙のどれもが、薄暗い色合いの背景に二人の少女が佇んでいるものだった。
「ポスト・アポカリプスとか、鶴喰くんは好き?」
「フィクション上だけなら、まあね」
「じゃあ楽しめるかも」
それを鶴喰に渡して、少女は立ち上がった。「もう帰るの?」と鶴喰は問うた。現在はお昼休みにあたる時間だった。学生が学校から出るにはまだ早い。廊下を行き交う生徒たちの声が絶え間なく聞こえてくる。先程まで鶴喰と少女も昼食を食べていた。
「うん。今日はもう疲れたし、クリニック行かなきゃだから」
「……そう」
鶴喰が返答に困り、そう静かに答えると、彼女はそれを特に気にすることなく、「じゃあ、バイバーイ」と手を振り去っていった。



その作品を全て読んで、まず鶴喰の感想は「静かな話だな」ということであった。
何か特別大きな出来事が起きるわけでもなく、ポスト・アポカリプスと化した地球と思わしき場所で、少女二人が旅をしながら会話をする話だった。
なるほど、これが彼女の血肉を作っているのか、と鶴喰はふと思った。
彼女の世界に対する諦念や会話している時にも薄らと感じる希死念慮はここから来ているのだと、彼は素直に納得してしまった。
鶴喰は少女の好きな漫画を読んだだけだ。だがというべきか、だからこそというべきか、少女に会いたくなった。
きっと彼女は世界の終わりを望んでいて、世界が静かであれば良いと祈っているのかもしれない。鶴喰は別に世界よ滅べなんてことは特に思ってはいないが、少女がそんな世界を望むのなら一度くらい地球なんて滅んでしまってもいいのかもしれないとは思った。
そうして静かになった世界でようやく鶴喰は、今度は自分から彼女に漫画を貸すことができるのだろう、とぼんやり夢想した。

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